社会人MBA-技術者編

January 12, 2007

松井シンドローム

ヤンキース、レッドソックス、今年は松井、松坂の対戦を見ることが出来る。彼らの対戦で重要なことは・・・と記載できるほど野球には詳しくない。主に観るのはサッカーである。

野球の話はしばしば、ビジネススクールにて引用される。「人材教育」について議論するときに例に挙げられる。「左の大型を補強」、「右のストッパーが必要」・・・などである。
野球では、必要な戦力を明確にするが、企業ではどうだろうか?現在、○○部では、ある製品の周辺に詳しい従業員が必要、この基幹部分の生産管理が出来る従業員が必要、などはあまり聞かない。教育システムもスキルアップ講座は数多くあるが、大企業になるほど業務が細分化されているため、必要なことは自分で身につけるしかない。

右肩上がりの時代とは異なり、(先輩の言うことを身につけるだけという意味で)優秀な従業員はいらない。ある部分での第一人者が必要であり、自身の生涯教育もそうしていくべきであると考えている。

そうなれば、従来のマネジメントは通用しない。彼らより、その分野に詳しいマネージャーである必要がなく、そのマネジメントにおいて、彼らより有能であればよい。

その「有能さ」の測定系は、良心的な職業的態度である。第一人者の彼らが、同様の能力には魅力を感じることはないからである。

部下はスキルに磨きをかけ、マネージャーは良心的な深みを増す。
今後、企業の競争軸が経済的競争から人道的競争へ転換されていくことを考えれば、トップに向かっていくほど、倫理を備えていなくてはならない。

そのマネジメントで重要なことは「松井シンドローム」を脱することである。ある第一人者が抜ければ、その部分のカバー率は低くなるだろう。しかし、彼(or彼女)より能力の低い人でその部分を埋めようとすれば、総力として、残りのメンバーが成長しなくてはチームは維持できない。ライフサイクルの短縮化が進む現在では、「成長待ち」は開発行為が結実することより成功確率の低い賭けである。現在いる人員で最大の成果を引き出すことを主眼に置くことが、変化に対応できるマネジメントである。

松井の穴は松井でしか埋められない。松井がいなければ、その野球のスタイルの変更を考えなくてはいけない。一見、当たり前のように語られるこの事実は、意外にも企業では「伝統だから」「昔からそうなんだ」と従業員の構成が変化しつつも旧態依然のマネジメントがはびこっている。

・・・形骸化した「伝統」と「格式」は「悪弊」でしかない。

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