社会人MBA-技術者編

February 28, 2007

評価軸

最近、種々の分野で不祥事が多発している。企業では、経営指標に固執することがその背景になっていることは、以前に述べた。

その根幹は何か?
と考えると、人間軸が欠けていることがいえる。リストラをしても平然でいられる経営陣、成果至上主義で人間味にかける運営など、である。

視点を変えれば、近年の株取引の好調は、企業の株券を右から左に流して利ざやを稼ぐ。悪いことはない。ただ、企業が投機目的のお金で換算されてしまっている。あまりいい風潮には思えない。
成果至上主義も経営者からみれば、従業員に値札をつける作業ともいえる。

企業の価値の測定系はお金だけではない。従業員の価値も遂行する業務だけではない。

・・・人間が人間と看做されていないのではないだろうか?


February 26, 2007

バイアス

バイアスのかからない者はいない。我々は何かしらのバイアスにより種々の場面で意思決定を行なっている。

著者は記憶情報によるものとして:
①利用可能性バイアス
②代表制バイアス
③アンカリングと調整
を挙げている。
①はいわゆる思い出しやすい事象。例えば、報道される情報はそうである。バイクの事故と結核で死亡する人とどちらが多いのか?バイク事故の報道が多くされているが、結核である。殺人、癌は多く報道されるので身近であるが、実は糖尿病の方がかなり多い。
②はステレオタイプである。少数の事例から仮説が成り立っている。2,3人しか中国人を知らないのに「中国人は・・・」、4,5人しか若い人と接していないのに、「最近の若いやつは・・」、のことである。
③は提供された情報や自分が持っている情報を基準点とし、これを調整して判断する方法。例えば、あなたが面接官であるとき、非面接者の経歴から「こういう能力を持っているのでは?」と考えたり、いわゆるモノを売るとき価格をふっかけたりすることである。

・・・ある人のあるタイミングの意思決定は正しいのかどうかはわからない。要は、正しくなるようにあとの行動をとることである。

<参考>
 


February 22, 2007

社員は熱狂するのか?

仕事にやりがいを求めることは困難である。大抵の場合、やりがいを感じない仕事でも、いい方向に向かっていれば、それなりに感じるものである。

問題は悪い方向へ向かっているときや、導入時のスタートアップ企業のデッドバレーのように採算が合わない時に、やりやすいような環境を形成できるかにある。

著者は、仕事へのモチベーションが公平感・達成感・連帯感の要素によって説明可能であるとしている。

悪い方向へ向かっているとわかっていても、従業員が悪平等に評価されない公平さを感じ、水平(垂直)に連帯、そして、課題(や目標)への解決の達成に向かっていく。「熱狂」しなければ出来ないことである。

その源泉は、企業文化に由来するといってよい。いや、(経営理念というより)企業哲学であるかもしれない。
そのような企業文化や法律(ルールなど)が形成されているからこそ、従業員が「熱狂」し、従業員が「熱狂」するからこそ、関連する市場が活気づく。

そう、競争は経済的競争から人道的競争へシフトしつつある。

それには、流行の経営スタイル、流行の手法を踏襲するわけではなく、足元を固めることが、何より肝要である。

・・・汝の立つ場所を守り通せ。(ゲーテ)

<参考>


February 20, 2007

組織のあり方

有機的、機械的、官僚的、垂直、水平、クロスファンクショナル・・・○○組織と思い浮かべると、多くの組織構造がある。
企業においても、多角化、事業部制、分権化、トップとの距離・・・はたまた、先送り、無責任、危機感の欠如という三大疾病、など多くの問題を抱えている。

これらの組織構造の観点からの見解は、コンテジェンシー理論-最適な組織の構造は状況によって異なる-という立場が主流になっている。

安定した業界であれば、官僚的であればいいし、不確実性の変数が高ければ、有機的組織の形態をとればいい。一見、簡単のようだが、意外に出来ていないことが多い。少しの改良を行う開発において、クロスファンクショナルチームには用がないが、当該企業の開発スタイルで伝統的だから、もしくは、全社運動だからといって、このチームを盲目的に結成することが多い。また社運をかけるといって、設計部など単一の部門に委ねることも多い。

だからといって、状況に適合した組織構造をとっても、必ずデメリットはある。
適合構造は、(メリット)-(デメリット)>0 でしかないのである。こうなれば、組織構造上のアプローチは、如何にメリットを享受し、デメリットを少なくするか、ということが重要になってくる。

・・・おそらくこれらは、カイゼンでしかない。不連続な変革は、組織構造というより組織風土が変わらなくてはならない。


February 18, 2007

文化の違い

同じ会社にいても部署が異なれば、微妙にニュアンスや表現が異なる。日本は高コンテクストにコミュニケーションをとるので、「あれ、どうなった?」と聞かれても、「あぁあれですね。それは・・・」となる。
これが文化が異なると大きく異なってくる。

このことは、グローバルな企業でなくとも管理職には重要なことだ。

トロンペナールス&ハムデン‐ターナーは『七つの資本主義』にて、富の創出に関連し七つの次元を提示している。それらは:
1)普遍主義 vs.個別主義
2)分析 vs.統合
3)個人主義 vs.共同社会主義
4)自己基準 vs. 外部基準
5)逐次的時間観 vs. 同期化的時間観
6)獲得地位 vs. 生得地位
7)タテ社会 vs. ヨコ社会
である。
どちら側が良い、悪いではなく、この評価の場合の測定系は、種類である。普遍主義的なこともあるし個別主義的なところもあるが、どちらかというと個別主義に近い、ということである。

片側を説明すると:
普遍主義、分析は法則好きの分析症(普遍主義、分析)、個人に重きを置くので(個人主義)、基準は自己、自らが動くことで状況を左右できるのである(自己基準)。時間の進み方は逐次的、つまり、タスクが完全に分化され、ガンチャートに収まり(逐次的時間観)、地位は業績により獲得する(獲得地位)。無条件に年上に敬意を払わない変わりに、面倒を見てくれとは言わない(ヨコ社会)。

なんだ、当たり前のことじゃないか?と思われるかもしれない。
文化が異なれば、人の接し方、命令の仕方が変わることは当たり前である。

例えば、日本では外国人が年上の日本人に敬語を使用せず命令すれば、不自然に聞こえるなど、文化が異なれば、使用する言語の表現も変えなくてはならない。

・・・そう考えると、アメリカの経営手法を日本語で導入することは極めて不自然である。(英語で行なえば、その手法のニュアンスも少しはわかるのに・・・)

<参考>
    


February 15, 2007

制約

我々の意思決定は、制約された条件下で行なわれる。それは、環境が複雑だからである。
例えば、利潤を最大化する経済学では、あらゆる選択肢での完全な情報において、合理的に意思決定を行ってきた。しかしながら、完全な情報とは存在しないので、すべての中から最適解を求めるのではなく、与えられた選択肢のなかで最大満足の方法を選択することが現実的な行動である[1]。
いわゆる「限定された合理性」である。

設計行為においても同様である。
我々はある法則を知っている。また別の法則も知っている。しかしながら、それらが組み合わさった場合、何が起こるかはわからない。逆に、複雑な現象から、ある法則をマイニングできる。いや、それは、アルゴリズムと呼ぶかもしれない。しかしながら、すべては説明できない。サイエンスもテクノロジーもすべて把握していて設計行為を行なうものはいない。また、真理をもとめることが設計行為ではない。企業研究所といえども、利潤に関係のない研究はわずかでしかない。
やはり、「限定された合理性」という言葉がしっくりくるのである[2]。

このような行為に対しての測定系はない。例え、それが利潤を生まなくとも、その行為による結果を、今後利潤を生む行為にしていけばよいのだから。

・・・銀の弾丸を探す行為は、青い鳥を探すのと同様の行為である。エグゼクティブは現場を見て考えよ。机上に答えはない。

<参考>
[1]組織行動の考え方―ひとを活かし組織力を高める9つのキーコンセプトp16
[2]「ものづくり」と複雑系―アポロ13号はなぜ帰還できたかp40-71 第二章限定された合理性

 


February 14, 2007

成果と評価

おそらく、神でない限り平等に、職種の違う従業員たちを納得させる評価はあるまい。我々はそれに如何に近づけるか、評価法を如何に適用するか、が最も卑近なアプローチとなる。

日本では、実施されない嫌いがあるが、360度フィードバックというものがある。評価を上司にとどまらず、部下、同僚、顧客・取引先などを利用するものである。まぁ、右も左もわからぬ新人にベテラン上司が評価されるのはどうかと思われるかもしれないが・・・

傾向としては:
①自己評価と上司評価の相関(一致度)は0.35
②自己評価と同僚の相関(一致度)は0.36
③上司と同僚の評価の相関(一致度)は0.62
と「知らぬは己ばかりなり」である。

さらに、自己を課題に評価する者の傾向は、成果や昇進の面で良い評価が得られておらず、正しい自己評価や謙遜(過小)評価の対象者は反対に高い評価を得がちである。

ところが、これがフィードバックされると一変する。過大評価のものは、実際の業績を向上させようと必死に努力し、過小評価者の場合はそれに安住し、実際の業績が下がってしまうことがあるらしい。

これらの測定系には議論はあるが、各企業の文化により異なってくるので、こうしなければならないという進め方はない。が、これまでの研究の影響を認識することは何より重要である。

・・・評価は己を知る鏡なり(本文より)

<参考>
組織行動の考え方―ひとを活かし組織力を高める9つのキーコンセプト p174-177


February 13, 2007

組織へのコミットメント

組織へコミットメントしている人は、そうでない人に比べて離職率が低い。経営者は安心して種々のOJTを展開できる。このことが、生産性を高め、企業の将来を救うと思われている

そうだろうか?

マネージャーをされている人は、次のことを経験されている方もいらっしゃると思う。

「転職希望(外でも通用する力を磨くという意味で)やMBA教育を受けている(学習意欲という意味で)人達で構成されたチーム、おそらく、長くは組めないチームでの成果は抜群であった・・・」

そのとおりである。
著者が紹介している調査では、「組織コミットメントが企業の生産性と関連を持つことは、ある意味で、幻想」、具体的には相関係数は0.05だそうだ。そのチームのメンバーからすれば、当該企業にしがみつきたいから、OJTを熱心に受講するのであろう、と言われても仕方がないのかもしれない。

経営者とは、そのような有能なタレントを引き付ける文化を創ることが優先される仕事かもしれない。

・・・彼らは放っておいても仕事をするのだから。。。

<参考>
組織行動の考え方―ひとを活かし組織力を高める9つのキーコンセプト p226-227 組織コミットメントと生産性より。


February 11, 2007

SOLVIVA

病気になった時、調子の悪い時に、第一に気にかけるのが「食」である。
誰しもが、現代の食に健康面からは満足していないだろう。それは、水を例にとっても、消毒に使用される塩素、食品を例にとると、防腐剤などである。これらは、絶対悪とはいえない。毎日大量に使用される水を効率的に消毒する、また、これだけ多くの人口へ食品を配分するには、交通機関が発達したといえども、腐らせず食卓に届けることは不可能に近い。問題なのは、そこにつけこんで無駄に儲けようとするモノが現れることである。

こうのような背景からか、有機野菜や出来るだけ自然のままで食することが出来る店も多く登場している。写真はNATURAL & ORGANIC CUISINEを謳う”SOLVIVA”店である。

自然食品は、ジャンクで育ったモノにとっては、一味足らない。
逆にジャンクが合わないモノにとっては、しっくりくる食である。

歳を重ねていけば、誰もが後者でありたいと思うものである。ちなみに右の写真は玄米のドリアで野菜が豊富に入っていた。飲み水は、濾過後、電位(酸化還元電位)を還元側へ戻しているらしい(都市部の飲料水は酸化側が多い)。

現代では、「食」も考えて食さなければならなくなってきた。

・・・病気の相続は遺伝的要因の部分もあるが、大人の悪習慣まで伝えてはならない。

*写真のお店は梅田芸術劇場の横です。
SOLVIVA- オーガニックレストラン-


February 10, 2007

食べるという行為

下の書籍は多くの人に読まれた書籍である。いわゆるベストセラーである。それだけ、健康に関しては関心が高いのだと思う。
そもそも薬剤は、対症療法なのはよくわかる。抜本的には治療できない。が、必要なときもある。

著者の記載の中に、工場由来の食品、という表現がある。企業は消費者のニーズに応えるもので、こういった食品を嫌うのであれば、消費者が顧客の声として企業に届けなければ、問題がないのは、商品が認められている証と企業は受け取ってしまう。
学生の頃、バイトである食品と関わっていたことがあるが、あれを見れば、まず口に入れない。(すべての食品がこうだということではありません。誤解されぬようお願いします)

消費者の見識が高くなれば、企業も変わるだろう。競争が始まるからである。

学生の頃、サークルで、食品添加物のことについて調査したことがある。確かに多い。単品での影響はクリアしているが、ご存知のように化学反応では主反応より副反応のほうが影響が把握しにくいため、自分の体での結構蓄積されているものの反応は・・・と感じたものである。

が、この(添加の)成果がなければ、これだけ多くの人の胃袋を満たせないのも事実である。

現代社会では、これらの摂取機会をいかに減らせるか、だと思う。

著者の記載の中で、カロリー計算について書かれている(良い、悪いではなくひとつの指標として)。(著者もそういっているが、盲目的になってしまうと、という意味で))この傾向は、企業が従業員に値札をつけることと同様の行為であると思う。企業の場合には「人間」の視点が欠けている。著書の場合では「命」という観点が欠けている。

それぞれの文化圏(国でもいい)では、それが、宗教的な儀式であれ、習慣であれ、食事の際に感謝の意を表する。著者の表現を借りれば、命で命をつぐのである。
表現の仕方が同じ文化圏でも様々であろうが、個人で異なっていようが、とても大切な行為だと思う。
どの食材を見ても、食しても、カロリーの数値が浮かぶのは、なんとなく悲しいような気がする。

・・・我々は新種ではない。長く長く、自然とともに生きてきている。その歴史は体に染み込んでいる。完璧な自然に反すれば、それだけ副作用は大きい。


February 8, 2007

お金は好きですか?

最近、企業の不祥事が多く報道されている。根底あるのはいずれも、利益優先なのだが、企業は利益を出さなければならないのも事実である。

が、半ば病的な部分もある。「貨幣愛は犯罪的で病理的な性癖」かもしれない。

現在勤めている企業では係長はいない。一昔前は、係長が「あの人はこういう風に説得するんだ」など組織の潤滑油的な役割を担っていた。いない分、従業員には暗にそれを補うリーダーシップが求められている。リーダーシップを考えるとき、基本的には「タスク優先」「対人関係優先(配慮)」の2軸で考えられるが、変革期では、特に「配慮」が重要である。とはいっても、この両方を持ち合わせなければ、「係長」の埋め合わせができない。

ここまでくると、経営者や人事のおそらくはないだろう「配慮」を待つしかない。
が、大抵の場合、ひたすら「タスク」を優先させる。行き過ぎると、ホーソン工場の亡霊に取り付かれてしまうだろう。かといって従業員が満足する環境に変化させても、業績と繋がる保証はない。

ある意味、経営者に限らず、一部のセクションが病んでしまうと、組織はうまく機能しない。組織が機能しないのは、従業員がうまく機能していない。

変革を成し遂げたいのであれば、貨幣愛を少し冷めさせることである。
この軸は、あまりにも人間が不在すぎる。
企業が社会の公器であるならば、人間らしくなければならない。

・・・貨幣や資本に使われていませんか?

<参考>
貨幣愛という言葉はケインズ全集 第9巻 (9)
組織行動の考え方―ひとを活かし組織力を高める9つのキーコンセプト第8章


February 7, 2007

衣食足りて礼節を知らず

ニーズ、とりわけ人間のニーズでの衣食は絶対的である。これに比べ、相対的なニーズは欲望を増大化させ限界がない。近年のマネー・ゲームの風潮や、抜本的には資本主義の行き過ぎがあり「心情のない享楽人」が横行している。

通常の株式会社でもそうかもしれない。
金のためなら命さえも金額評価する経営者、弱者に容赦のない罵声を浴びせるコンサルティングなど、いまだに蔓延っている。
そのような精神構造を持ちえている人々は、時代が時代なら、命がいくつあっても足りない。
そのうち、その言動が公開され、社会的に処刑されるであろう。

こういった抜本的な問題には即効性のある処方はない。「倫理」といった言葉が適切なのかもしれない。青年の頃、小倉(1924-2005:ヤマト運輸の『宅急便』生みの親)は『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』に感銘を受けたそうであるが、彼の晩年の福祉事業への参入は、宅急便以上に「経営とは、会社とは」というような大きなテーマを考えさせられる。

・・・しかし、企業は儲けなければならない。

<参考>
ケインズ全集 第9巻 (9)
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神


February 4, 2007

大阪企業家ミュージアム

関西経済連合会の次期会長として、現副会長の下妻博・住友金属工業会長(70)が内定したと報道されている。その昔「天下の台所」と呼ばれた大阪であるが、近年、その影響力は小さくなりつつある。産業、失業率・・・。今回はその歴史をひも解く意味で、「大阪企業家ミュージアム」を紹介する。

ミュージアムは、大阪の企業家精神のルーツ、企業家たちのチャレンジとイノベーションとブロックに分かれており、シアター、またはパネル展示されている。展示中は音声案内を聴講可能で非常にわかりやすい。開館時間は平日はサラリーマンにとっては、閉館が早い(水曜日のみ20:00まで)ので利用しにくいが、休日には問題ない(原則日曜日、月曜日は閉館です、火、木、金曜日は10:00-16:30、大人¥300)。

場所は大阪産業創造館B1F(堺筋本町駅すぐ)である。2/1(木)~2/24(土)までは、井植歳男(三洋電機創業者)展も同時に開催されている。
大阪(もしくは関西)以外の方が大阪や関西とはどのような土地柄なのか、などを知る上では、このミュージアムを紹介してはどうだろうか。詳細はともかく、大きな流れは非常にわかりやすい。

(展示コーナーでの)物語は現在の大阪商工会議所の初代会頭である五代友厚からはじまる。彼が「大阪の恩人」であることはあまり知られていないが、紛れもなく近代において、彼がいなければ、大阪は大きく遅れていたであろう。
そして、山辺、菊池などの紡績業からはじまり、「大衆社会」を向かえ、鉄道などのインフラ、重工業の発達、化粧品や洋酒など生活を楽しむための商品の登場、そして、「豊かな時代」を向かえ、新しい家電製品、食文化が生まれはじめる・・・こういった中で、関西の主要な企業家が産業別に彼らが成し得たイノベーションを軸におき展開されている。

・・・「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」ことを再確認したい。

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February 1, 2007

社員刑務所

仕事を与えられない、公に辞めろと言われない、暗に自主退職を促し、行き着くところは、それがどのような名前の部署であれ「社員刑務所」である。
常に、業務手順に違反していないか、仕事を与えられない状態で、定刻まで続けられる。その社員は家族へ仕事の内容はいえないであろう。

最近のある企業では「日勤教育は有益」であるらしいが、種々の理由はどうあれ、例え、裁判を引用したとしても御遺族に失礼である。また、真面目に勤務する従業員にも失礼である。企業にとっては一瞬の問題かもしれないが、御遺族にとっては一生の問題である。

・・・あなたが日勤教育を受け、御遺族の方々へ反省文を送ってはどうですか?