社会人MBA-技術者編

September 29, 2010

「バッテリースーパークラスターへの展開」、日本政策投資銀行


 リチウムイオン電池(Wikipedia)に関して、一般論的には―

リチウムイオン電池は、ノートPC、携帯電話などにはじまり、自動車、さらに、今後、公共的な乗り物(バス、次世代電車)、蓄電的な用途(住宅、太陽電池等との併用など)、また産業機器など、用途の拡大が見込まれる電池であり、将来的に大きな市場へと成長することが予想されている。

という見解は妥当なものである。

その産業の中心地とも言えるのは、日本の関西地方であり―

「『バッテリーベイ』という言葉をご存知だろうか。日本のリチウムイオン電池、太陽電池の生産拠点をマップ化すると、両電池ともに関西に集中している。」(p2)

最近では―「NASAが宇宙ステーションプログラムでの置き換えバッテリとして、宇宙産業で実績のあるバッテリメーカではなく自国のベンチャー企業が開発したオリビン系の大型LIBを採用するに至っている。(注:LIB=リチウムイオンバッテリ)[1]」ほどである。

そもそも、リチウムイオン電池の産業規模は、2000年に約3,000億円、近年(2008年)では、約1兆円市場へ成長している[2]。

その内訳(=市場占有率)は、2000年時点では、日本企業が約93%を占めていたが、2008年度では、中国、韓国企業が追い上げ、日本企業のシェアは約48%である

この傾向は、今後加速されるだろうが、それは、最終の組立メーカの話であって、この電池の主要4素材(正極材、負極材、電解液、セパレータ)に関しては―
日本の化学・素材系企業が世界市場で圧倒的なシェアを占める。(p9)

こういった企業も、リチウムイオン電池の製造拠点と同様に、関西に集積している。


・・・低炭素社会へ― などと言われますが、原発もそうですし、日本には、その社会に対応する技術が蓄積されていますね。
*もちろん、安全性へのリスクは妥協できません。


<参照元>
「バッテリースーパークラスターへの展開~電池とそのユーザー産業の国際競争力向上へ向けて~」、日本政策投資銀行、2010年5月。
こちらのリンクの中頃に参照したレポートのPDFへのリンクがあります。

<参考>
[1]「宇宙用リチウムイオンバッテリの標準化動向」、
日本航空宇宙工業会、会報「航空と宇宙」、平成22年9月 第681号。

[2]「【概要】情報経済革新戦略(PDF形式:10,371KB)」、経済産業省、産業構造審議会情報経済分科会 報告書の公表について、3枚目のスライド参照。
こちらのリンクの下部にPDFへのリンクがあります。

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September 26, 2010

“何をどこで、どのように学べばいいのか”に自分の考えを持つことが“人材”の第一条件かもしれない。

日本・江戸幕府初代征夷大将軍―徳川家康(Wikipedia)
中国・唐朝の名君―太宗(Wikipedia)

また、日本の近代史における、維新前後の活躍した人材―維新の立役者と後の体制の中心者たちなど・・・。

と言えば・・・「創業と守成」という面でこれらを語る(or 語られる)ことが多い。


ビジネス面では―
事業で言えば、立ち上げる、成長、維持していく―
製品・サービスで言えば、新たな機能を付加していく、既存機能を成長させる―

というようなもので、どちらの側面も大変な作業である。


だが、企業においては、製品群、ひいては事業群のライフサイクルのマネジメントを鑑みると、この両方をマネージしていかなくてはならないことは言うまでもない。

この基本的な資質は、「思考の柔軟性*」といわれている。

それは、過去の成功をキッパリ忘れて、意識を変革していかなければならないからである。

*大前研一, 『企業参謀―戦略的思考とはなにか』, プレジデント社, 1999, pp242-247の趣意。

とはいうものの、原点-企業であれば創業精神やそのスピリッツと呼ばれるもの-を忘れさるというものではなく、むしろ維持していくことであろう。


優秀な学生を集めるだけ、また一流企業からスカウトするだけでは企業は取り残されてしまうものである。

近年では、「企業大学」が成長している。もちろん、真新しいものではなく、古くから存在している概念である。たが、現代の経営環境の急激な変化のひとつのシグナルかもしれない。

“学ぶ”空間も人材も共有してこその何かがそこには生まれるのだろう。

*企業大学のくだりは以下の雑誌の記事を参照しています。
「進化する大学」, ニューズウィーク日本版 2010年 9/22号, pp26-35.


もちろん、このような現象は、大学側にはアレルギーがある。「私利私欲のない学問も確かに重要(p28)」である。


とはいえ、例えば、物の売り買いひとつしたことのない職業教師に学ぶ“○○学(何らかの科目)”は、大学を卒業後、ほとんどは産業界へ巣立ってしまう生徒にどの程度有用であろうか?

反対に、貨幣を測定系に用いることに長けた企業教師に、一見、その価値が低そうな大学の基礎研究において、真理に重きを置く科学で研究をリードできるであろうか?


もちろん、(当たり前だが)これには解答がない。


何らか価値を最大化するビジネスにとっては-
    以前の日本のような加工貿易立国であれば、工場のオペレーターが行うカイゼン作業こそが“学び”の場であったように・・・
どこで、何を学べば、価値を最大化できるのかに決まりはない。


・・・学び続けることで“思考の柔軟性”も生まれるものです。

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September 22, 2010

第51回(2010年)品質月間 :「品質の原点にかえり 先駆者の知恵に学ぶ」

歴史ある“品質月間”も昨年50回の節目を向かえ、本年(2010年)からは、「新たな第1回目からのスタートを切る」(委員長の大藤先生による「品質月間を迎えて」より)という点から、以下のテーマが決定された。
(参考)「品質月間とは」(日本科学技術連盟HPより)


“品質の原点にかえり 先駆者の知恵に学ぶ”


この背景には、近年の経営環境の変化の激しさが伺われる。主旨では―

環境の変化が一層激しい今こそ、様々な経営課題や職場の問題を解決していくために、「品質」という原点を忘れずに、先駆者が培ってきた努力や知恵をしっかりと引継ぎ、さらにあらたな知恵と工夫、価値を付加することが大切ではないでしょうか。
-> 「テーマ趣旨説明」より。

と表明されている。

さて、1980年代、日本の製品=高品質であり、Made in Japanはある種のブランドとなっていた。同時に、敗戦からの復興が模範的であったこともあり、種々の事柄が研究の対象であった。

ひとつに1982年の「QCサークルの効用と限界」として発表された中で、QCサークルの成功要因として―
  • 労働者は聡明で、高い教育を受けている。
  • 経営者は労働側を信頼して、価格データや重要情報をすすんで提供し、彼らのアイデアを実行に移すための権限を与えてきた。
  • 労働側は快く、かつ熱心に協力する。
をあげ、効用の多くの源泉を、「従業員と中間管理層から自主的かつ草の根の運動」として出現し、日科技連が普及に大きな貢献をしたものである、としている。

*ウォールストリート・ジャーナル、1982年3月29日付のコラム、大前研一による。
邦訳は、『戦略論―戦略コンセプトの原点』, ダイヤモンド社, 2007, pp264-268に掲載されています。


おそらく、日本の製造業では、高品質を目指すことに異論を挟むことはない。


ただ、経営的側面から言えば、“高品質が利益を生む”に収斂されてきた“品質”への考え方は、敗戦からの復興が示してきたように、“安く仕入れて、加工し(=付加価値をつけて)高く売る”、加工貿易立国の姿であり、現在では、その姿は薄れてきている。


先駆者の知恵に学ぶべきは、(利益創出の)戦略的意思決定をどのように行ってきたかであり、品質を高めればいいという短絡的なものではないだろう。


・・・現在の経営環境での高品質化の焦点は、「製品・サービス品質」というより、「経営品質」ではないでしょうか。



<関連記事>
2009年の品質月間は第50回の節目である。
「QCサークルの効用と限界」より。

<関連サイト>
QC, TQC、そしてTQM
工程能力分析
FMEA
QFD:品質機能展開
特性要因図-Cause and effect diagram
狩野モデル-品質とは

<各種用語集サイト>
MOT用語集
経営基礎用語集

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September 19, 2010

販売部門 vs 技術部門の論争(!?)

よくある“販売(マーケット部門含む)vs技術陣(開発含む)”の構図―

何故、利益が向上しないのか

について責任論に収斂しようとする不毛な議論、小競り合いも含めると、(各部門が専門化しているのであれば)ほとんどの企業で見られる光景である。

そういった中では―

販売・マーケット部門は―

    技術的訴求を満たした製品の売上が向上すれば、営業力がついたと言い、それがない場合の低迷では、技術陣の責任を問う。

開発・技術部門は―
    技術的訴求を満足できなかった製品の売上が向上すれば、過去からの技術の積上げが評価されたと言い、製品の機能を向上しても売れなければ、販売戦略の至らなさを叱責する。

これらの組合せをマトリクスにしたところで将来的価値のある議論は期待できない。

即席な対策で案外行われることの多い「人材の交流」といっても、管理職以外では、販売・マーケット部門から技術部門への移籍は業務上困難なため、実質一方通行であり、本社色の濃い技術部員が増加する程度の効果しか期待できない。

かといって、販売部員がリッツ・カールトンで研修したからといって、売上が増加するわけではない。

問題なのは、詰め腹を切らされる―という背景があるということと、本質的な問題解決のアプローチの仕組み、風土を組織が有しているかどうかである。


上記の構成員が経営陣と同様の責任や権限を有しているわけではないので、責任、権限を限定された人員での会議の議題が“低迷”に関するものであれば、議論は、責任の所在となることは自明である。


で、責任が明確化されたところで、その会議の間も、またその後も製品・サービスは改良もされないのである(実質、余程の過失がない限り、責任部署が何かしらの改良をしたところで、“低迷”から脱することは少ないだろう)。


・・・責任の所在より、原因の所在です。

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September 15, 2010

「ボーダレス・ワールドの経営」より。

たいていの経営者は近視眼的である。

このフレーズで始まるレポートは「自国に最も近い顧客しかよく見えていない」経営者への近視眼的経営に警告を発するものである(1989年のもの)。

というのも、概ね本社の経営陣とは、一つのやり方での成功体験しか知らないため、新たに生じる市場機会ごとに、そのやり方を踏襲するよう強要する傾向があるからである。(参照元,p93-94参照)


こういった傾向が企業内で続いてしまうと―
「壊れていなければ、直すべからず」という態度で、長い間尊重されたやり方によって革新が阻まれ、無関心と不決断の状況につながることになる。

むだを生んでいるやり方があっても、従来それを管理してきた人たちを怒らせないように、誰も本当のことを口にせず問題点を指摘しなくなるのである。
*文中の改行はブログ運営者による。

大前研一, 『新・経済原論』 東洋経済新報社, 2006, p436.

と(グローバルな)適応能力が衰えていってしまう要因になりかねない。


ちなみに、このレポートと同時代の80年代―
(山崎は、脱産業化社会についてダニエル・ベルを引用しつつ)
生産力の中心はいふところの知識集約型産業に移り、これからの社会は、資源やエネルギーよりもより多くの情報によって支配される社会になる。

(中略)生産の局面では、たんなる労働力や資本力よりも、科学研究や組織の経営能力といった知的な要素が決定的な力となる。
*文中の改行はブログ運営者による。

山崎正和, 『柔らかい個人主義の誕生』 中央公論社, 1984, p70.

と、知的付加価値についての指摘も見られる。


このボーダレス・ワールドで効果的な経営をするとは―
顧客に価値を届けることに最大限の注意を払い、顧客がだれであり何を欲しているのかを見定めるために、等距離の視点を身につけることなのである。何にも増して必要なのは、自分の顧客を明確に見据えることなのだ。(p101;文中の太字はブログ運営者による)


・・・理由を与えてくれるのは「顧客」です。
*レポートは1989年のものです。



<参照元>
*下の書籍に掲載されています(pp75-101)。
*こちらも参考までに(『ボーダレス・ワールド』, プレジデント社, 1990.)

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September 12, 2010

戦略的思考とは?, 『企業参謀』より。

何かしらの会議で、従業員が思うより、いや業績のわりに、発表される当該企業のシェアが異様に高い場合がないだろうか?

それは―

自分の参入市場をなるべく狭義に定義し、シェアを高めに計算する癖(p221)

のためである。

「戦略的」思考の入り口は、ものの本質を考えることである。単なる報告用のシェアで、今後の議論が出来るだろうか?

このようなことが起こる背景には、いつのまにか組織が官僚化している場合がある。もちろん、官僚化自体が悪ではないが―
既存の事業領域のなかで、コストダウンをしたり、改良設計を行っていることだけが事業計画(p396)

と考えている人が増加しているのだろう。


そうして、企業が硬直化すれば―
有機的生命体としての意思決定ができずに、手は手だけで、左肺は左肺だけで最適化(p305)

しようとしてしまう。

企業は、あらゆる手段を用いて、上記のような思考を回避したり、克服したりしなければならないが・・・

さて、そのような問題、課題を解決する「戦略的」思考は何によって成否を問われるだろうか?


それは、財務情報である。


企業はキャッシュフローがなければNPV(正味現在価値;解説は野村総合研究所)すらマイナスになり何の価値もないと見なされるゆえ、基礎研究であれ、生産現場のQCサークルであれ、最終的には財務情報に帰さなければ意味をなさない。

現代の会計学やその周辺の財務手法では、それは可能である。いや、財務情報に落とし込まなければならない、とした方が正確であろう。


手段が目的化してはなりません。


・・・この著作は1975、76年のものです。。。


<参照元>



*この著作は(=上の書籍)、1975、76年著作の新装版です。著作は古いものですが、ものの考え方に変わりはありませんのでご参考ください。

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September 8, 2010

「特許制度はどこへいくのか?」, 三菱UFJリサーチ&コンサルティング

特許制度は大きな見直しの時期に入っている。

そもそも特許法の第一条において、その目的は:

「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」

である。


レポートでも述べられているように、この目的は:

科学技術を振興すれば、おのずと産業が開けるという考え方が基礎として存在している。


という考え方が根強い。


もちろん、技術開発自体は、大切な企業の行為であるが、随分前からではあるが、技術開発自体も閉鎖的ではなくなり、当該技術が利益を創出するまでの時間が著しく短くなっている。また、発明元が利益を創出するとは限らず、その利益創出の仕組みを構築するほうに力点が置かれるようになってきている。
*製薬のケースは上記の記載とは異なります。


利害関係、金銭問題・・・企業が利益の源泉をどう考えるかで、特許の扱い方は異なってくる。そういったビジネス環境の変化に、特許を取り巻く環境が柔軟に対応しているのか?する必要があるのか?



・・・現在は節目なのかもしれません。



<参照サイト>
特許制度はどこへいくのか?
2010年8月,三菱UFJリサーチ&コンサルティング「サーチ・ナウ」より。

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September 5, 2010

「QCサークルの効用と限界」より。

品質管理(QC)サークルは、短期間のうちに利益を約束するものではない。

QCの概略はこちら。

このコラム(ウォールストリートジャーナルでの1982年の記事)は、上の最初のフレーズが結論である。

記事の掲載は1982年だが、この当時は、made in Japan が世界に席巻していた時期である。もちろん、QCサークルは戦略的な意思決定に影響を与えるものではないが、コラムでは、その成功要因として以下を挙げている。

①労働者は聡明で、高い教育を受けている。
②経営者は労働側を信頼して、価格データや重要情報をすすんで提供し、彼らのアイデアを実行に移すための権限を与えてきた。
③労働側は快く、かつ熱心に協力する。

であり、効用の多くの源泉は、「従業員と中間管理層から自主的かつ草の根の運動」として出現し、日科技連が普及に大きな貢献をしたものである。


古き良き日本のようだが、現在、引退間際のベテランはよく知っている。

大幅な原価引き下げに成功したのは、新たな製造法、設計技法、販売方法の改良、配送など、戦略的意思決定によるものである。QCサークルではない。(p267趣意)



・・・結局は・・・ですね。



<参照元>
*下の書籍に掲載されています(pp264-268, 1982.3のものです)。

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September 1, 2010

「円高の影響に関する緊急ヒアリング」, 経済産業省

最近(2010年7-8月ぐらい)の円高の影響を受け、経済産業省は、題目の調査を実施した。対象は、主に、輸出製造企業を中心に102社である(卸・小売等、非製造業を含む)。

企業の収益については以下のグラフとなっている。


ここまでの円高に耐えること自体が素晴らしいが、グラフでは、1ドル85円を軸に、企業の状態が深刻である場合が出現することが伺える。また、1ドル85円が半年続けば、深刻である企業が30%程になる。


さらに、1ドル85円の円高が継続した場合、調査では、製造企業のうち4割が「生産工場や開発拠点等を海外に移転」、6割が「海外での生産比率を拡大」と回答している。


確かに、自社の強みや能力をグローバルな視点から最適化を図ることは、生き残る条件ではあるが、リーマンショック以降の為替の変動の大きさは、企業経営にとって頭の痛いところである(安定していることが望ましいので)。



・・・悩ましいのは、円高(安)へ向かうこと、というよりは、株価もそうですが、変動が激しいことかもしれません。。。



<参照元>
○経済産業省ホームページ内―「円高の影響に関する緊急ヒアリング」の結果の公表より。
担当:経済産業政策局 調査課、平成22年8月27日(金)公表。



<参考>
ドル円推移(1982年~2010年8月まで:週足)



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