社会人MBA-技術者編

January 16, 2011

ヒューマンエラーの誤解

人的な作業って、どれぐらいミスをするのだろうか?

中央大学理工学部、中條先生の開発工学研究室では、過去の人間信頼性工学の分野における研究成果を公開している。

その中の「ものづくりサービス提供におけるエラー防止」では、ヒューマンエラーの特性について掲載されている。

対象となる作業が異なれば、エラー率も異なるが、発生率は、多くの場合1%未満である。

さて、実際にエラーが発生した場合はどうするか?
ここで、上記資料での「ヒューマンエラーにおける誤解」を述べると―

ヒューマンエラーは―
①注意力によって防ぐことができる。
②教育・訓練により防ぐことができる。
③検査・確認により防ぐことができる。

である。そう、これらは誤解なのである

工場では、量産設備のエラー率が100万分の10未満であることが多く、人的なミスはそれに比べれば圧倒的に多い。

その感覚でモノを言うので誤解が生じることもがある。量産設備は、設定を変えれば、すぐに改良できるが、人的な作業の改良には、習得の期間が必要なので時間がかかるからである。

だから、システムに人的な作業を取り入れると、エラー率1%未満のプロセスであると認識しなければならない。

カイゼンしたとしても、これまでの半分のエラー率だとして、1%が0.5%になるだけで、工場としては、とても大きな数である(たいていはppmの単位なので)。

FMEA(故障モード影響度解析)的な観点から言えば、エラーの発生度を下げる活動や、それを検知する活動を推進することは、大切である。

が、仮に、ある深刻度が高いプロセスでの故障において、当該プロセスにエラー率の期待値が相当に高い人的作業を組み込んでいるならば、エラーが発生した時点では、その仕組みのエラーの対処を考えていなかった管理部門の責任は重い(管理者がヒューマンエラーを責めることやカイゼンを迫ることなど論外である)。


100回に1度程度は間違うんだから・・・


結論的には、工場に撲滅運動はいらない(もちろん安全面は除きます)。精神的な面でのZD運動*は自由だが、操業にはいらない。

*ZD運動とは、製造現場などにおいて、不良品や欠陥、ミス、事故などを徹底的になくし、ゼロにしようという運動(exBuzzwordsより)。

かつては、これを言うと、大いにアレルギー反応を食らった。工場のベテランはいぶかった。反発もした。

だが、現実は、そのような奇跡の工程を造るより、発生するエラーに対しての対応を準備していた方が顧客に迷惑をかけないだろう。

折角、工程能力分析をしているのだから、確率でモノをいえばいいのである**。

**ここでは、ZD運動を盲目的に批判しているのではなく、長く推進しているうちに、定量的な話がなくなり(QCにおける統計を学ばず)、根拠がない、組織的、人的な脈絡が幅を利かせるなどの定性的な話ばかりになることを懸念しています。


もちろん、当該工場独特のカイゼン気質を損ねるようであれば、そのままでいいが・・・。

さて、ヒューマンエラーについて話を戻せば―ヒューマンエラーはなくならない―のである。頑張っても、1%が0.6~0.8%。それに莫大な効果金額があるなら、その方が問題である。

防ぐことができないから、せめて、FMEA的な活動で発生確率を下げることを考えるのである。

同じ作業を1人で行おうが、2人で行おうがエラー率は同じであるとするならば、効率は低下するが、1人が作業、1人が確認の流れで作業すれば、エラーの発生は1%×1%=0.01%となる(下図参照)。


1人目の作業は、100機会に1回程度エラーが発生することも仕事に含まれているのである。

問題なのは、2人目の作業者が、1人目が間違っていたからとそれ自体を問題にし、単なる定常作業なだけなのに、常套句として、「ここで判明しなかったら、大変なことだった」と幅をきかせることである。

そこに、人的、組織的な脈絡があるのであれば、その2人目はいらない。
(というより、エラーが顧客に迷惑をかけずによかったじゃん!)


グッド・ラボラトリー・プラクティス(実験室におけるよき習慣)
・・・例えば、たとえ毎日行う試薬の調合であっても、そのレシピの早見表を実験台のどこかに貼っていたりなど、研究に携わったり、何らかの実験を行なう人には、馴染み深い言葉である。特に、工場でのオペレーターはこの意味を素早く理解する。


これは、人は常に誤りを起こし、忘れたり、混乱したりする確率が相当に高いことを前提にしている。


・・・「それをしないよう注意するのではなく、それが起こらないための方法論を考えよ。あるいはミスが起こったとき、その被害が最小限にとどまるような仕組みを考えよ。」


注)“グッド・ラボラトリー・プラクティス”以降の記述は以下の書籍のp186を参考にしています。

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