社会人MBA-技術者編

July 28, 2007

ある夏の暑い日のこと。

アジアカップ3位決定戦、日韓戦は見ごたえのある試合であった。「日本は勝てなかった、韓国は負けなかった」の表現がふさわしいと思う。PKは運なのでどうしようもない。私も蹴ったことがあるが(運良くゴールできたが)、その前のキッカーが外していたので、かなり気合が入って蹴ったことを覚えている。やはり、サッカーはそれまでの試合内容である。

さて、論文の発表会を兼ねた審査会が終了した。これまでの余暇を大学に注いだ(いやいや睡眠時間までも!)研究の集大成である。
これらの内容を如何に聴衆に分かりやすく説明するかも大切なことである。
思えば、種々の方が、種々の事情を抱えながらも研究していた。

自らが何を課題に何を学べば良いかを把握し、実際に学んでいく。

素晴らしい場である。
その中には、自らの苦労話を自慢する人はいない。
少なからず、忙しい方ばかりであるし、仕事も大抵の場合、大きなことをやっているからである。
それは、仕事上の関わりがないからかもしれないが、そういった関わりのない関係であるからこそ、忌憚のない意見交換が行えるのである。

・・・こんなに素晴らしい学生生活を送ることが出来たのも様々な方との出会いや様々な方の配慮によるものである。本当にありがとう。

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July 24, 2007

最後の講義

ビジネススクールも最後の講義をむかえた(ゼミだが・・・)。残すは、論文発表と審査である。何かをつかみたいからビジネススクールを選択する。そこで学ぶとまた、なにかつかみたくなる。この繰り返しである。

思えば、学友の皆様に本当に恵まれたと思う。ビジネススクールは通常の大学に比べて、(先生と比して)生徒に恵まれるかどうかも大きな因子であると思う。こればっかりは入ってみないとわからない。

自ら学び、他人からも学ぶ、この相互作用は計り知れない。

このブログに到達された方は、何かを学びにいこうとされる方もいらっしゃると思う。フルタイムも社会人も学生には変わりないが、社会人の場合、通常の業務を行ないながら、学業を両立させるのは至難の業である。私の場合、体力的にも若くなかったですから・・・。

学業がやっつけになると、学ぶことの面白さを失ってしまい、大学への投資効果が減少してしまう。そう考えると、働きながらであると、基礎は身につけておいたほうが、吸収しやすいもので効率的である。

マーケティングや企業財務・・・種々のことをビジネススクールで学ぶかもしれないが、その基礎になっているミクロ経済学はかじっていたほうがいいように思う。

需要や利潤、市場と競争、このような議論のとき、グラフで説明すれば、言葉より議論が有用である。

・・・クライマックスは近い。


<参考になる書籍>

  

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July 19, 2007

うまくいかないカンバン方式

カンバン方式といえばトヨタである。手法、技法にはそれが生まれた背景がある。トヨタにはトヨタでの事情があってこの方式が誕生したのである。

それは魔法ではない。

工場でのカンバンは少ないほうがいい・・・なぜか?
カンバンは「お金」なのである。工場に蓄積されるお金(=カンバン)は少ないほうがいい。一見、「お金ならば多い方がよい」気がするが、少し考えてみると:

その工場ではひと月に1億円の売り上げがあるとする。カンバンをお金で換算すると5,000万円である。
経営者の立場からすれば、ひと月に5,000万円投資して、1億円の売り上げを計上するわけである。仮に3,000万円になったとすると、投資効率は向上するのである。

工場視点ではカンバン=在庫であるが、経営視点からは投資効率なのである。

このように考えるのは、「魔法」と勘違いすることを防ぐためである。投資効率を高めることは経営者の腕の見せ所で、業種、規模などにより様々な方法が存在する。トヨタのトヨタによるトヨタのための方法を安易にコンサルティングに依頼して、業種も規模も全く異なる産業へ展開する「丸投げ」ぶりは、あまりにも滑稽である。

本質を理解して、適用する目的を従業員へ浸透しなければ、力が分散する。組織の力が分散することは、ある意味好き勝手に振舞う従業員を生んでしまい、そのような場合の多くの帰結として、企業倫理が低下してしまう。

・・・カンバン方式で経営効率を高めるのではない。経営効率を高めるひとつの方法としてカンバン方式を用いるのである。

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July 15, 2007

私には製品開発における持論はない

いよいよクライマックスを迎えようとしている。社会人学生の日々も終わろうとしている。振り返れば・・・

研究活動も含め、種々の議論、ケース分析等あらゆる業種の人々と行ってきたが、MOTを専攻した私には持論はない。というより、おそらく、企業現場に入れば、凡その課題は解決できる。

MBAとは、飛行機で例えれば、パイロットであり、墜落しないための操縦をするものである。

しかしながら、私からは画期的な新商品もでないであろうことは理解している。

書店に行けば、トヨタ(リーン生産や開発方法まで!)など有名企業の製品開発について記載されたものも多い。あれだけ並ぶと、どこかにはソリューションが存在しているものだと錯覚する。

私の経験から言えることは、企業であれ、個々の従業員であれ、「できる」とは、プロセスで考えることであり、「ソリューション」を求めるものではない。研究によれば、例え天才が存在していたとしても、企業の成功は長続きしない。

永続的な成功はプロセスを重視する姿勢にある。

やり方を変えないのに、成果を求めるのは「文句を言わず働け」に等しく、マネージャーとしては失格である。やり方を更に悪いほう(効率的でない)へ変えていくことは「奴隷」の烙印を押されることに等しい。

・・・やはり、最も有益な投資は教育である。

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July 12, 2007

イノベーションは二度起こる

ひと昔前までは、開発技術はブラックボックスであったが、近年の傾向は、できるだけ標準化して、市場を大きくし、更に技術を開発する傾向にある。従って、研究開発費をケチる企業は生き残れなくなってきている。

しかしながら、企業の現場では、採算が合わない、予測できない、といった理由から現行製品、サービスを少し改良し企業活動を続けている。

おそらく、このような企業は先細りである。イノベーションは「採算」ではなく「機会」を中心にマネジメントしなければならないからだ。
第一に、機会を具現化しなければならない。そして市場を大きくし、次に更なるイノベーションにより利益を確保するのである。つまりは、二段構えの開発なのである。第二段階のオプション価値は相当に高くなるであろう。オプションを実施する義務は発生しないが、その場合は、イノベーションのために適切に何かを廃棄しなければならない。
オプション理論が示すように、リスクをとらないと繁栄はあり得ない。リスクをとるということはなじみの過去を捨てることである。

未来がどうなるか予測を立てて行動を起こすのでは時間は足りない。

・・・未来を知る最善の方法は、自ら未来をつくりだすことである(ピーター・F・ドラッカー)。

<参考>


July 5, 2007

その工場は生産性を高められる状態ではない

工場の生産性を高める効果的な方法とは。
品質管理運動
小集団活動
垣根のない組織
従業員への教育
最新鋭の機器
などなど、寄与率の高そうなファクターは多いが、第一には、原因を調査しなければならない。

生産性が高まらないほとんどの原因は、オペレーター、マネージャー、エグゼクティブとの信頼感の欠如である。

それらを知り得る測定系としては、雰囲気が悪い、丸投げ、常に外に責任を求める、などなど、組織は倦怠感に包まれている。例えば・・・

不良品が判明したときに、第一に彼らは、生産現場の責任か、他の部門の責任か判断する。次に、不良品の不良たる原因を調査する、といった具合である。

一見、正しそうなこのプロセスは確信犯である。生産現場の責任か他の部門の責任かがわかっているのであれば、原因はわかっているからである。
そう、彼らは第一に自分達の責任にしない原因をでっちあげるのである。


ノキアのエピソードでは、信頼感の欠如に対して、エグゼクティブは、余計な役職を廃止したり、自由に意見を言える状況を作り出し、上述の運動を活性化させた上で、品質、生産性を向上したのである。

・・・こういうことを実施することがマネジメントなのである。決して社員を奴隷化することではない。

<参考>
慶応義塾大学ビジネス・スクールケース,許斐義信,横井靖祐,『ノキアの構造改革』より。

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July 2, 2007

指導者革命

産業革命、情報革命・・・これまで多くのダイナミックな変化が産業をはじめ多くの構造を変化させてきた。近年の企業の存在意義を見ると、例え建前であっても、CSRが謳われるようになり、多くの事件から経営層はそれが建前であっては洒落では済まなくなる事に気付き始めている。

これは経営層に限らない。聖人君子のような経営者であっても従業員の不正は企業を滅ぼすことになる。ネットの発達により、その情報は即座に発信される。

そのようなことから企業経営は、その企業の経営層へ依存するようになっている。なにもしないことは悪質な経営となっている。現代のリーダーシップは「奉仕」することだと言われ、経営層はより一層厳しい目で監視されている。

現代で生き残るには、指導者革命が必要なのである。これは経営層に限らない。それに気付かずこれまと同じようにボチボチやっている経営層や従業員がいる企業は先細りするであろう。

そういう企業は辞めた方がいい。組織はそれを構成する構成員で決定する。腐った構成員は切るしかない。おそらく、そのような組織ではそれは断行できない。多くは頭(トップ)が腐っているからだ。
しかし、その組織を変革するのに立ち上がることも良い。ただし、これも辞職を覚悟せねばならない。

・・・そう、正しいことを意見するのに勇気が必要なこと自体が異常事態なのである。

photo (c) Maco

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