社会人MBA-技術者編

June 30, 2007

星に願いを

突然ですが、あなたの願いは何ですか?もうすぐ七夕である。古の人々はロマンチストである。

七夕といえば・・・。「こと座の1等星ベガは、中国・日本の七夕伝説では織姫星(織女星)として知られている。織姫は天帝の娘で、機織の上手な働き者の娘であった。夏彦星(彦星、牽牛星)は、わし座のアルタイルである。夏彦もまた働き者であり、天帝は二人の結婚を認めた。めでたく夫婦となったが夫婦生活が楽しく、織姫は機を織らなくなり、夏彦は牛を追わなくなった。このため天帝は怒り、2人を天の川を隔てて引き離したが、年に1度、7月7日だけ会うことを許されていた。しかし7月7日に雨が降ると天の川の水かさが増し、織姫は渡ることができず牽牛も彼女に会うことができない。その時は、二人を哀れんでどこからか無数のカササギがやってきて、天の川に自分の体で橋をかけてくれるという」(Wikipedia)。

maxell のサイトにネガイボシⅣというサイトがあり、七夕の短冊のように願い事を書き込むことができる。

・・・世知辛い世の中、一度いかれてみてはどうでしょうか?


June 26, 2007

金、保身、硬直化

企業は忘れてはならない視点がある。それは、「顧客」である。何かしら付加価値に対してお金を払って頂いているため、企業は存続できるのである。なによりも第一に顧客を満足させることを目的としなければならない。

ところが、最近の視点は「顧客」ではなく「利益」であることが多い。

経営層が顧客の視点を忘れてしまえば、保身に陥り、いらない「成果」のために「作戦」を立て手柄とし始める。そうすると、企業組織は硬直し始め、利益を捻出すること自体が目的となり、やがて、倫理が乱れ始める。

このとき、従業員は、利益を捻出すること自体を目的とする「利益製造機」となる。顧客を満足させることは忘れ去られる。
近年の不祥事にも見られるように、その末路は悲惨である。

従業員には、技術を高めることを喜びとするモノもいれば、ルーチンワークをソツなくこなすことを喜びとするモノもいる。顧客の要求を熱心に聞くモノもいる。

経営層はそれらの力をひとつにまとめて、顧客満足、利益創出へベクトルを向けることが大きな仕事である。確かに、官僚化した従業員には教育が必要かもしれないが、それぞれ、試験(や面接)を受けて入社しているのだから言ってもはじまらない。

・・・この試験、わからなければ落第ですよ。

Labels:


June 25, 2007

流行

書店でビジネス書を見ると、種々の手法や戦略本が出版されている。例えば、トヨタ生産方式。最近は製造業では固定費用の削減が著しい為かどうかはわからないが必ず置いている。

あれはトヨタでしか通用しない。

そもそも、書籍として完成された方法は応用である。似たような外部構成、企業文化、従業員のモチベーション等など、トヨタに似ていないとモノマネでしかない。

これはトヨタ生産方式に限らず、いかなる手法もそうである。当該企業における最も好適な生産方式は、当該企業の従業員が当該企業のために紡ぎだすものである。決して外部に答えはない。

忍耐強く従業員を教育するしか近道はないのである。

こういったことは、研究開発でも重要なことで、大手であれば、研修に積極的に参加させる、中小であれば、外部機関を利用するなど、地道な活動が結実するものである。そういった役割を考えると大学の役割は大きい。一見、遠回りのように思われるが、やはり、学術的にアプローチを試みている集団に属すると、基本がしっかりする。応用は基本の上に成り立つものである。

・・・モノマネ大会は終わりなさい。モノマネされるようになりなさい。あなたの居場所がなくなってしまうから・・・

photo(c)Maco

Labels:


June 24, 2007

お金に焦点をあてると・・・

企業の内外において、「お金」に焦点があてられると(第一義にという意味で)、政治(統治形態)が変わる大きな要因となる。

外部においては、「価格競争」になると、業界の構図が様変わりする。
例えば・・・電機業界を例にとると、中国などで生産された低価格品により翻弄され、多くの企業が生産地を中国へ移動したり、日本国内で敵わぬ相手にコスト競争を展開した。そうなると、これまで業界で標準であったものが、標準でなくなっていく。これは、大抵の場合、業界でも市場占有率が高かったり、力のある企業が仕切っていたためで、ここに新参の大きな力を持った企業が参入してくるからである。

競争の仕方が異なってくるということは、政治は変わらなくては変化に追いつけないのである。

今後は、製薬業界における後発薬品により、変化が見られるであろう。

内部においては、「いるもの」と「いらないもの」の選別が始まる。この選別は、論理的には、「捨てる」ことを意味している。選別前までは何か意味があり(または過去に意味があった)、存在しているのであるから、そもそも「いるもの」なのである。そこに最もらしい理由を付けて「いらない」ものを「捨てる」のである。当然、それまで運営していたルールに何らかの変更が必要になってくる。行き過ぎると、結局は政治が変わるのである。

この問題は、各企業や業界固有の問題であり、goodかno goodなのかはわからないが、多くは倫理が低くなるため、顧客無視の状態がつづき、取り返しのつかない問題を起こしていく。

企業は、何かに付加価値をつけて顧客から代金を頂く。その付加価値に企業のアイデンティティが現われる。倫理が低下し、顧客視点がなくなった企業は市場から去るしかない。建前ではなく、それほどまでに、企業の倫理が問われていることにエグゼクティブは気づかなければならない。

・・・多くの事例が示すように、企業が腐るのは頭(トップ)からなのである。

Labels:


June 22, 2007

経営の落とし穴

asahi.comによれば、NOVAが異業種の企業との資本提携構想も視野に入れているという。ミートホープが牛ミンチを偽装し販売し・・・これらに限らず、企業はその本業を忘れたとき、破綻することが多い。特に、経営者が優秀でその人に頼っている、反対にワンマンであるなど、企業のベクトルが利益一辺倒になったときに大きな落とし穴が存在する。

食品を取り扱う企業では、成分表示どおりで安全であることが求められる。NOVAなど教育を事業とする企業では、顧客の習熟度が経営効果の測定系に入れられるべきである。

企業は顧客に満足を、従業員へはそこで働く誇りと報酬を、株主へは適切な利益を配分しなければならない。

これらを満足するために利益を上げるのである。利益を上げるためだけに経営を行なうのではない。そういったことは経営者個人の資産を運用すればいいだけの事である。

利益至上主義は必ず、企業倫理を低下させる。一旦、これまで行なっていなかったリスクのあることを許容すると、歯止めが利かなくなる。やがて、従業員の心は破壊されていく。そして、従業員が乱れれば、企業は滅びるのである。

従って、本来当該企業が持ちえている企業精神は(ある意味企業寿命まで)守り抜かなければならない。

・・・建設は死闘、破壊は一瞬であるからである。

Labels:


June 21, 2007

フラット化する

何かが変わろうとしている。何かは分からないが、大きな変化を体感している。何だろう?

サウスウェスト航空の搭乗券を当日予約したWebで印刷していくこと・・・とにかく安い商品ではあるが、欠陥をいうと、有無を言わず交換してくれること・・・自分の預金をわざわざATMで引き出すこと???

サウスウェスト航空では搭乗の手続き、返品では品質管理、ATMでは窓口業務を顧客が代行しているのである。

しかし、これは単なるアウトソーシングではない。バリューネットワークが変更した、とも言いがたい。フラット化しているのか?これも言いえて妙ではない。

おそらく、体感している変化には体現する言葉がないのである。

とはいっても、変化している。
ビジネスにおいても、指揮・統制から接続・共同作業へと付加価値を生むシステムが変化しつつある。フリードマンの言葉を借りれば、フラット化するプロセスである。このプロセスは脂肪を徹底的に削ぎ落とす。しかしながら、消費者の立場では100円ショップの価格体系は歓迎だが、その消費者の収入源である企業においては、大問題である。

私達は、製品・サービスの提供者であり、同時に消費者である。

ある企業の研究者は、そのアイデアを具現化するのにPCの前では簡単にコミュニティを結成できる。これまで、企業の権限者に承認を得ていたものが、企業の権限者に承認の機会を提供してあげるのである。
ヒエラルキーの崩壊である。が、同時に、権限者は実に小さなことでもPCの前では行えてしまうのである。

・・・これらの統括する政治体系が変化しているのである。いや、変化しなければ生き残れない。今は企業で言えば、正社員であること、非正社員であることの整理が行われている段階である。


<参考>


June 18, 2007

事なかれ主義

製造業など事業所によっては、定期的に中央労働災害防止協会などの機関による安全診断を実施し、従業員の活動のチェックを行なう。特に、事故が起こると悲惨な生産ラインは念入りに行なわれる。やはり、外部からの診断を受けることは、内部で推進するよりもいい機会となる。

最近では、「エキスポランド」(大阪府吹田市の遊園地)のジェットコースター脱線死傷事故は、あと少しの期間で次期安全点検が控えていたが、営業を続けあの痛ましい事故に繋がっている。

顧客や従業員の「安全」を形式的な挨拶程度に唱えるだけの経営は、行き過ぎた業績至上主義の副産物であり、モラル低下の良質な測定系である。

大抵の場合、そのような企業の内部は倫理が欠けている。お金のことしか頭にない。ある企業では、新たな会長就任に当たり、工場視察が安全診断日と重なり、安全診断日を後ろにずらしたそうである。彼らの方針は、なによりお金をください、出来れば、従業員が安全で、さらに出来れば、コンプライアンスを忘れずに・・・程度なのである。彼らのような人種は「顧客、安全事なかれ主義」である。

「事なかれ主義のリーダーは二つの罪を犯す。まず下の人々の心を壊し、次に組織を殺す」(日本経済新聞2007.6.18 朝刊-春秋より)

・・・残念ながら、彼らがいつも読んでいる日経でも、これが自分のことだとは気付かないであろう。

photo (c) Maco

Labels:


June 16, 2007

リーン生産

リーン生産方式(りーんせいさんほうしき)とは、工場における生産管理手法である。

リーン生産方式は、トヨタ生産方式をもとに、同方式を研究して編み出された。マサチューセッツ工科大学のジム・ウォーマックによって提唱された。製造工程におけるムダを排除することを目的として、製品および製造工程の全体にわたって、トータルコストを系統的に減らそうとする。(Wikipediaより)

経営者にはいかにも響きのいい言葉である。しかしながら、ひと昔まえからボトムアップ的に行なっていた日本の製造業では、死神が発する言葉である。なぜなら、生産性が向上すれば、同僚が消えていく歴史がこれまでに刻まれているからである。現在は、これらの名の下に、「標準作業」と名づけられた作業を社員から非正社員へ行なわせる試みが盛んである。

たとえ、代表的な日本の製造業でこれらの試みが行なわれていない企業が存在しても、そこは贅肉が落ちモデル体型並みであることが一般的である。暗愚な経営者は、ひと昔前に成果のあった手法を錦の御旗として、落とす贅肉がない身体に、「どこまでの筋肉を落として機能が維持できるか」、を開始しはじめているといってよい。

このような企業は頭はメタボリック(おかしな表現だが)、身体は倒れる寸前な状態であり、競合企業の手を借りずとも自滅していく。

ムダのないことは理想かもしれないが、ムダのない従業員は「標準作業」しかしない。予期せぬクレームには対応しない、製品をカイゼンしない、利益には関係ない・・・そう、利益を計上できるかどうかはより経営者の責任になりつつある。変化しつづける組織、学習する組織は従来の業務以外のことを行なう。当然である。学習は現在にはかかわりないかもしれないが、将来にはわからない。学習は金利の高い素晴らしいオプションである。

行き過ぎたムダの排除による「標準作業」に邁進する従業員の姿は、いわば人間動物園である。動植物はムダなくそれらの本能的使命を全うするからである。環境にも適応し、やはり全うしていく。

・・・ある企業によると、今使わないモノはいらないから廃棄するそうだ。ならば、ムダに使っているあなたの頭が第一にいらないんじゃないですか?

Labels:


June 15, 2007

次世代○○

製品開発において、よくでてくる言葉が「次世代○○」である。どうも販売や企画はこの言葉が好きらしい。いやいや、研究者も好む言葉である。しかし、私はこの言葉が出てくると、つまらない。大抵の場合、この言葉を使って議論するのは評論家であるからである。現場や製品、顧客をよく把握していない従業員はマネージメントをする権利を有していないと考えているからである。これはMBAであっても関係ない。

彼らはこの用語を正しく使わないので議論にならないのである。

例えば、次世代○○の○○にある商品をそのまま当てはめる。例えば、「次世代テープ」。テープはテープである。テープである限り次世代ではなく、単なる改良、ハイエンド化に過ぎない。「次世代カー」もそうであって、車は車であり、移動手段の一つに過ぎない。燃料電池車であっても移動に要するエネルギーをガソリンから電池に変換したものでしかない。

つまりは、商品からひとつディレクトリを高めた言葉が入らないと議論が進まないのである。

次世代記録メディアと考えると、テープ、MD、CD、DVD、ハードディスクなど技術の進化を考えることが出来る。ここまでくると小姑のようだが、議論が進まない会議ほど退屈なものはないし、次世代製品を半年や一年で開発してくれと言ってくるセンスのなさには辟易してしまう。次世代商品は簡単につぶされる危険性が非常に高い。その業界のバリューネットワークを変更することになるし、市場ではイニシアティブをとらなくてはならず、マネージメント力が試されるからである。

・・・何もしないことが唯一の長所であったマネージャーは多い。

Labels:


June 14, 2007

チーム力

製品開発や研究活動において、いや、ほとんどの業務において、企業が利益を生み出す行為はチームプレイである。中には、総務などの仕事を雑用扱いするなど、大きな勘違いをするものもいるが、目立たないが重要な業務も遂行しているものである。

研究活動といえども、それが利益を生むようになるには多くの人材の力が必要である。特許技術といえどもそれを権利化するまでのプロセスを単独で行う研究者は皆無である。生産現場での職人も製品の仕様が決まらなければその腕を発揮することはできない。敏腕営業マンも売る製品やサービスがなければ、その腕を発揮できない。

いかに優秀な経営者であっても、従業員がいなければ経営をすることはできない。

さて、チーム力をどのように知ることが出来るか?
スポーツに例えるなら、全員野球型なのか、(サッカーでも見られる)一人の王様が統率するのか、アメフトのような完全分業制なのか、チーム形態や置かれた状況により、その能力を測ることは困難である。
いえることは、企業が負けるときはチーム力が低下しているときであり、大抵の場合は、そのチームの倫理も低下している。

例えば、保身や野心で「成果」を出すことを目的に「作戦」を立案したり、これまでに比して、企業内で罵声が飛び交ったり、じわりじわりと品質が低下したり、はたまた、なぜか辻褄があわない経理上の金額が発生したり・・・

と種々の現象が起きるもので、それらを測定系にしても良いだろうが、頻度は低いが、最も有効な測定系は、予期しなかったことが発生した時の対処がチーム力を如実に表現する。

現代は、一昔前に比べて時間の流れが速くなり、ともすれば、通常の業務に忙殺されてしまう。一昔に比べると、従業員のスキルアップの時間は通常業務に費やされていると言っていい。学習しない組織は必ず破綻する。そのような兆候は、たとえ、現在が良好であっても、破綻のシグナルだと考えたほうがよい。

残念ながら、一昔とは違い、右肩上がりは保障されなくなってしまった。時間の流れが速くなり、スキルアップの時間を短縮された従業員が多くなっているかもしれない。

・・・大手といえども、全員を雇う余裕も理由もなくなったのである。

Labels:


June 11, 2007

写真撮影は難しい・・・

昨日のニュースを同僚と話していても、捉え方や記憶している部分が異なるように、同じ風景を見ても、カメラに収める風景は異なるものである。カメラは人間の目とは全く異なるため、同じアングルでも撮影者により出来上がりの写真はかなり異なる。このような複雑性が写真を趣味とする方々にはたまらない部分なのであろう。

ISO、シャッタースピード、絞り・・・私は駆け出しなのでせいぜい、デジタルカメラでこの値の設定を少し変更する程度であるが、設定を覚えだすと、いわゆる「オート」の機能はほとんど使用しなくなった。

かといって、設定を覚えなくとも、「オート」でも機能は果たせることもある。最近、搭載されているデジタルカメラの「シーン」の多さには驚かされる。

最近発売されたオリンパス製のμ(ミュー)780はシーンプログラムが22種類!も用意されている。ともあれ、風景ひとつとっても撮影者の目的により様々であるのでひとくくりにすることは難しいが・・・便利である

いずれにせよ、こういったことから写真の撮影を覚えていき、面白さが増していくのである。

・・・写真撮影は、被写体の時間を止めることができる貴重な瞬間である。

<参考>
用語の説明はコンパクトカメラ用語辞典を参照するとわかりやすい。
写真はオリンパス ミュー780より。

Labels:


June 7, 2007

敗戦前夜

企業は利益を追求する。利益が計上できなければ、従業員への給料は支払えないし、株主へ還元も出来ない。ましてや、顧客へのサービスは停止することになる。

売り上げを追求することではない。

文章で見れば簡単なことだが、意外に多くの企業は売り上げ至上主義である。単一の製品を取り扱う企業であれば、それは最も正しい戦略であるが、多くの製品群を抱える企業では・・・

工場では、1円、いや1銭の単位で原価を下げる努力がなされている。これをあだ花にするのは、そういった戦術である。

財務会計は、企業の姿を見る上で良質な測定系である。同時に価格戦略は企業の戦略を見る上で良質な測定系である。

今、あなたは経営者だとする。浮かび上がってきた問題から考えられることは、予算を達成するのに2%の積み上げが必要となっている。どういう戦略を策定するだろうか?当然、この問題に正答は存在しない。企業によって状況が異なるからである。
しかしながら、誤答は存在する。

販売価格に2%積み上げる。固定費用を2%引き下げる・・・。これらはよくある手段で誤答ではない。

功名心あふれた政治家が下す決定は、5%の販売価格積み上げと5%の固定費用削減である。彼らが下す決定は従業員を疲弊させる。必要のない作戦を立案し成果を享受する。
この様子はすでに、敗戦前夜である。


・・・成功した企業事例を学ぶことより、失敗した企業事例を学ぶほうがはるかに有益である。なぜなら、そこには必ず理由があるからである。

<参考>

Labels:


June 5, 2007

上りと下りと背景と。

公道最速理論といえば・・・頭文字Dである。上りと下りでは車のセッティングは異なる。敵地に乗り込むプロジェクトDは入念な調査、テスト走行、何より公道でのバトルを繰り広げる。そして、公道最速とは何かを提起する。

ビジネスにおいても同じことが言える。利益を計上しなければ、従業員は当然のこと、株主、顧客に利益を還元できない。外部環境は全くの不平等競争。各企業の組織もコンピタンスも異なる。企業独自の最速理論が必要なのは言うまでもない。

かつて、日本が高度成長をとげていた時代、来期の売り上げは必ず成長していた。従って、少しの生産性を高めれば、十分利益を計上することが出来た。生産性を向上することは日本においては、製品の品質を同時に高めることも意味していた。

いわゆる右肩上がりの背景による。

現在では、成長は鈍化している。
しかしながら、未だにこの手段が通用すると考えている経営層は多い。

そこで、できるだけ経費のかからない従業員を利用することを考えた。派遣、アルバイトである。これまで、培ってきた製品志向から、社員でなくなると製品の品質を維持することは困難である。

すると、彼らは、社員顔負けのスキルをもつ従業員を育て始めた。派遣、アルバイトはその期待に応え、社員以上のスキルを持つものが現れた。

相変わらず、技術者は使い捨てである。

新規投資を控え、社員比率を下げ、納期はいつも前倒し。

現在は、高度成長時代に培った(企業的な)経済学の背景を変換すべきである。社員に効率を求め、8時間の業務を4時間で出来るようになったら、2倍の業務を命令する。それを可能にしたら、今度は、16時間で4倍の業務を「効率良く」行なえという。

そう、それは、自分で言わない。
「死ぬ気で仕事した人?」とコンサルに言っていただくのである。

・・・ハチロクでヒルクライムに挑む気か?それはドライバーが天才でも勝てないだろう。いや、その天才ドライバーは無理に攻め、死んでしまうだろう。

Labels: